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ネーミングの音の響きが勝敗を決したのか…HD DVD [問題意識]

「わかる」…には当てはまる漢字がいくつもある。判る、分かる、解る…とあるけれど、たまにどれを選ぶべきか躊躇してしまうときがある(それこそわかってない…ということか?)。
意味や区別がはっきりしたり、了解したり…と、理解できれば「わかった」となるわけだけど、そもそも、知覚してもらうだけでも一苦労なのだ。自分でオリジナルの商品開発をして流通も手がけていると、そう実感する場面が多い。

知覚してから認知するまでのスピードと、時間が経った後もイメージとして残っているか…という問題は、工業デザインのスタイリングにも影響している。
今週「あぁ、やっぱりそうなったのかぁ…」と感じた「HD DVD事業からの完全撤退」のニュース。…重い発言だった。

東芝,HD DVD事業からの完全撤退を正式発表

東芝は,HD DVD規格に基づくあらゆる製品の開発・生産から完全に撤退する。西田 厚聰社長が記者会見で発表した。2006年3月31日に東芝のHD DVDプレーヤー発売で幕を開けた次世代DVD戦争は,2年を経ずして東芝が自ら幕をおろす事になった。

[Tech-On!より引用]

不謹慎かもしれないけれど、機能でなく、ネーミングとしての「音」の心地よさは、「HD DVD(えいちでぃーでぃーぶいでぃー)」より「Blu-ray(ぶるーれい)」の方が断然上だ。音の短かさもあるけど、言葉から受けるイメージ(先進性と機能)が、さらに色を表す言葉で補強されている。
イメージの伝達力とスピード、記憶への引っ掛かかり感からすれば「音の持つ力」に負けてしまったのかもしれないと感じた。


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限られたポケットの占有率…という視点 [問題意識]

特に際立った理由は無いのだけれど、金曜日からブログを書くタイミングを逸してしまった。連続して更新お休み…それも5日間…というのは、昨年6月にブログをリスタートしてから初めてだ。

いつもなら、今頃の時間は自宅でブログを書いていたりするのだけれど今夜は大阪のホテルだ。明日の打合せのために、19時半着の新幹線で前日に入った。窓の外には大阪の夜景が見えている。

携帯音楽プレーヤー寡占進む ソニー急伸、アップル加え8割超す- MSN産経ニュース』という記事と、『NVIDIA、モバイル向けアプリケーションプロセッサAPX 2500を発表 - Engadget日本語版』という記事に目が止まる。

NVIDIAの方の記事には、『新ブランドとなったAPX 2500は「スマートフォン2.0の扉を開く」という本格的な次世代アプリケーションプロセッサ…(略)…』との記述。スマートフォンには、日常的なPCの使い方を凌駕していく意識があるのだろう。高精細なゲーム、ビデオカメラ、デジカメ、ワンセグ&動画再生等々…。キーボードとマウスも外付けできれば、3DCADが動いてしまいそうだ。
SONYとAppleで8割を越す…という携帯音楽プレーヤー。それらのユーザーの何割が今後登場するであろう高機能なスマートフォン(iPhone含む)に移行するのだろうか…。そういう環境を前提とすれば、「ケータイ(スマートフォン含む)ともう1台の何か…」という前提での商品提案にすべきだろう。

モバイル機器が、財布に入りきらないカード類と同じ状況にしてしまうのは、どうかと思う。上着やパンツ、鞄に着いているポケットの大きさとサイズには限界があるのだから…。出張に来ていると特にそう思う。


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プロダクトデザイナーは語って…いない? [問題意識]

DESIGN IT! w/LOVEさんに「おっ」と反応してしまうタイトルのエントリー。

プロダクトデザインやってる人にももっと語ってほしいよね
…(略)…売り物である商品をつくるのであって、かつ、そのものづくりの全体フレームワークを担っているがデザインだとしたら、ほとんどマーケティングそのものと変わりないのに、この差は異常。…(略)……だからこそ「プロダクトデザインやってる人にももっと語ってほしいよね」と強く思うわけです。いまや、ブログがあるんだから、語るのは簡単でしょ、と思うし。それに外化のプロセスを日々まわしてないと、本当の意味でデザイン・スキルを鍛えることなんてできないと思いますし。…(略)…
[hiroki@DESIGN IT! w/LOVEさんブログより引用]

エントリー全文読みましたよ。よ〜し、応戦だ!…と言いたいところですが、残念ながら言えない。

プロダクトデザイナーは語っていないのか…

実はいろんな場面で工業デザイナーは語っているんですよね。自分の(提案した)デザインやプロジェクトについて…だったり、デザインプロセスやノウハウ、社会に対してのメッセージだったりを。
とはいえ、確かにRSSで発信されている情報や、WEBの中には、デザイナー個人が語っている情報がは少ないのは指摘の通りです。加えて、なぜか「語らないほうが品格が高い…」みたいな暗黙の意識が、デザイナー間に見え隠れしているも事実ですし、「RSSって?」と聞く人が多いのも残念ながらまた事実。観念やフィロソフィーは語っても、大局的に、でも平易な言葉でデザインを論じれる人材が少ないのも事実です。
会員になっている「社団法人インダストリアルデザイナー協会(JIDA)」は、会の歴史が50年を越え、戦後日本のモノ作りの歴史とおなじくらいの長い時間を体験してきているけれども、(JIDA会員に限らず)「語った」はずのデザイナーの声が、特定の流通経路にはのるけれど、一般メディアに対して、(役割と意味を)正確に粘り強く伝播させきれなかった…という結果でもあるんだと思います。

…ただ、ちょっと地方に行ったり、はたまた中学校の同窓会などに行った時などに「プロダクトデザイナーやってるよ」などと言おうものなら、いまだに「ファッション?」と聞き返されることもしばしば…。確かに、この10年ほどの間のプロダクトデザインを取り巻く環境はとても変化(良い意味でも悪い意味でも)しました。一般誌等でのデザイン特集や、イベント/見本市なども増えてはいるけれども、実際の認知度はまだまだ低いと感じてます。そして、このことは重要な意味を含んでいると思っているんですが…これはまたの機会に。

ともあれ、DESIGN IT! w/LOVEさんのエントリーに感謝!。


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プロダクトデザイナーから見た「デザインプロセス」について(その3) [問題意識]

中期の事業計画をベースに、カテゴリー毎の商品企画を起草して、ラインナップについての検討をし、競合他社への睨みを利かせ、投資に対するリターンを鑑みながら進んでいく商品企画のプロセス。
ほとんどのプロダクトデザインの仕事は、このような商品企画がベースになりスタートしていきます。フリーでデザインワークをする私のような場合は、こういうケースが大半をしめるため、受け取った商品企画に疑問があったとしても、ゼロベースで考え直してもらう…なんてことは不可能です。
フリーランスなんだから、そうなんだろう…と思われるかもしれませんが、こういう経験は何もフリーランスに限ったことでなく、インハウスのデザイナーでも同様のケースは少なくないはずです。なぜなら、時折耳にする「中期の事業計画をアップデートしてるだけなんじゃないの」とか、「商品開発全般のイベントを段取って管理しているだけで、本来のことやってないんじゃないの」…なんて発言が飛び出す状況からは、同様のケースに陥っていることが推察できるからです。私の経験では「しばしば」ですが、インハウスに席を置いていれば、「頻繁に」…となるのかもしれません。

「これさえ押さえれば…」とか、「失敗しない…」がタイトルの頭に付く類いのビジネス系書籍は簡単に見つけることができますが、リアルな「商品開発」では、そんな「絶対的な法則」…というようなものはあり得ません。ましてや、モノ作りを支える技術に大幅な差異も持ちにくい状況です。多様化する価値観、移り気なマーケット…という言葉で表現されるような不確定な要素に対して、一番不確定となる「デザイン」で勝負しなければならない…という時代でもあります。
個人のパフォーマンスとして、「デザインスケッチがとても上手い商品企画マン」や「商品企画センスが抜群なデザイナー」が数多くいれば(前者はまずいない?)、商品開発の重要な両輪としての「商品企画」と「デザイン」が融合しやすく、新たなフォーメーションが組めるのでしょうが、そうなると一個人では手出しの出来ないレイヤーに話が移ってしまします。組織や人事評価も、越境する人達に相応しい環境にはできないのでしょうかね。

大きな環境に変革を企てるのは、ハードすぎます。デザインどころではなくなってしまします。…だからといって、このままでいいはずはありませんよね。「その2」のエントリーでも取り上げた比喩としての「サッカー選手」と「一流シェフ」に見られる理想的なプレイ。そのトリガーとなるのは、「商品企画」を「デザイン」へと繋ぐ仕組みとルール、コミュニケーションとコラボレーションがキーになると思っています。

 


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プロダクトデザイナーから見た「デザインプロセス」について(その2) [問題意識]

ボールを受け取った瞬間に、ゴールのイメージが浮かんでいる…。サッカーであれば、今日のエジプト戦での大久保選手の1点目がそうだったのかもしれません。穫れたてな新鮮な食材を前にした途端、素材の持ち味を活かすメニューがイメージできるシェフも、同様です。
では、彼らの「ゴールめがけてキックする」や「食材を活かして調理する」は、それらが最終目標だったんでしょうか?。これは(あたりまえですが)NOです。なぜなら、それではただの自己満足にしかならないし、それではプロとして成立しないからです。「プロ」として何かを提供する目的は、意識する、しないに係わらず、提供した行動の延長線上にある、オーディエンスやゲストとの「喜び」の共有に他なりません。それなくしては、行動のためのモチベーションさえ、立上がらないでしょう。

彼らのファンタスティックな行動は、流れるような「シーケンス」が支えています。「シーケンス」の意味は、連続して起こる順序/あらかじめ設定しておく動作の順序/一続きのシーンによって構成されるストーリー展開上の一つのまとまり等々です。
彼らには、これらの「流れ」が、その多彩なバリエーションとともに身体に刻まれています。どう作るかの情報が、テキストでなく、筋肉のコントロールの加減と共に…です。基礎技術の上に、更に積み重ねた応用可能な技術の集積がプロセスとして繋がっているからこそ、イメージが具現化できるのだと思います。ましてや、この喩えで登場するのは、一人の人間の中で起こっている出来事なので、判断も瞬時です。それが気持ちいいんですね。迷ってたら繋がっていかないですから。

さて…。翻って「商品開発」の場面はどうでしょうか。こういう事例のようにできたら、さぞ素晴らしことですが、なかなかそうなっていきません。もちろん、個人と組織、要素はかなり違いますが、理想を掲げるとすれば、このようなプレイだと思いませんか?。
このようなことから、商品開発やデザイン開発のプロセスを見直してみようと思っています。


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プロダクトデザイナーから見た「デザインプロセス」について [問題意識]

工業デザイン、あるいはプロダクトデザインとしての業務(デザインワーク)は、モノ作りのプロセス中で見ると、商品企画と開発(設計・製造・調達)の間に位置してます。

…こういうふうに書き始めると、なんとなく一直線につながる列車の線路を進んで行くイメージが浮かびます。
ところが、モノ作り(商品開発)の実際のプロセスを俯瞰すると、山手線(環状線)のように輪になります。輪になる…ということの喩えで「山手線」と書きました。「山手線」ならSUICAでピっとして座っていれば一周できてしまいます。簡単です。
では「モノ作りの輪」はどうでしょうか。座っているだけ…なんてあり得ません。なぜなら、山手線のように、動力が供給されて動く列車も無ければ、いつも変わらぬ線路や時刻表もないからです。拠点となる「駅(商品企画/デザイン/開発等々)」を配置して、リソースを割り振れば(商品開発が)推進していくのか…といえば、それでもだめです。本当に重要なのは、次への繋げ方、や繋がり方となる「プロセス」だからです。
昨今の商品開発プロセスを見ると、それぞれの仕事内容について細分化が進んでいます。デザインセクションも例外ではありません。丸投げ…の弊害もありますが、細分化の弊害もあります。どちらにしても「プロセス」と、次のステップへのエンジンとステアリングになる「意思決定」の組合せに全てがかかっています。
プロダクトデザインを仕事にしていますが、こういう内容に対してさまざまな問題意識が湧いてきます。
特に体系だってまとまっているわけでは無いのですが、思いつきを継続的に書いていこうと思っています。


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「○○の整理術」と同時に読むべき「だらしない人ほどうまくいく」 [問題意識]

書店で平積みになることが多い、「○○○○○の整理術」…のような、整理系の書籍。なんでもかんでも整理するのは、ちょっと考えもの。なぜなら、目的不在の場合、あるいは形骸化している場合など、本末が転倒してることが多いからだ。
先日、たまたま立ち寄った書店で見つけて読んでみた本…「だらしない人ほどうまくいく」では、「きっちり系」と「だらしな系」とを対比させての問題提起や事例が連なる。まず目に留まったフレーズが下記。

大袈裟に聞こえるかもしれないが、<きっちり>するにはコストがかかるという明白な事実を、世界はこれまで無視しつづけてきた。個人にしろ、組織にしろ、「きちんと整理しろ」と言うまえに、みずからに問わなければならない問題がある。整理したり秩序だてたりすることは、そのために必要とされる時間や費用に見合っているのかということだ。
(本文より引用)


「きっちり系」は、イメージがいい。だから、そうなっていない場合の問題の指摘もしやすい。ということは、顕在化させやすい…ということで、そうなると、それら問題解決のためのコストを承認させやすいし、理由付けも容易だ。したがって「きっちり系」はビジネス化しやすい…ことになる。無駄なビジネスに乗っかられてませんか?。無駄な費用を発生させてませんか?…という指摘ともとれる内容は、裏返せば、消費者側が負担している…とも言える。目的に見合っていればOKだけど。重要度と緊急度…優先順位は、そのための目的や目標設定から導かれるだろう。
デザインの仕事をしている上でも、いろいろと考えさせられた良書!…である。ただし、この本は、「きっちり系」書籍が好き、あるいは数冊読んだことのある人ほどお勧め。読後にバランスさせるのは、読了した本人だから。そういう使い方がベターですね。

だらしない人ほどうまくいく
(Eric Abrahamson & David H. Freedman 著/)

机のうえがきたない。時間を守らない。靴のかかとを踏んでいる。何がどこにあるのかわかっていない。そんなあの人が世界を動かす仕事をしているのはなぜ? 『だらしない人ほどうまくいく』は名門コロンビア大学のビジネス・スクールの教授が発見した「だらしなさ」の素晴らしさを科学する本です。
[文藝春秋書籍紹介サイトより引用]


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だらしない人ほどうまくいく

だらしない人ほどうまくいく

  • 作者: エリック・エイブラハムソン, デイヴィッド H.フリードマン
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2007/09
  • メディア: 単行本


▼ひとこと:
窓からの湿った風にのって、キンモクセイの香りが塊で飛んでくる感じの東京です。


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何のための商品開発?…という、よくある葛藤について [問題意識]

「何のための商品開発なの?…」そんなことをよく思う。BtoCの商品であれば、選んでもらわないと始まらないのに…。機能は備わってるけれどただのてんこ盛り状態。生活の中で期待してもらう品質が組めてないから、伝わってもこない。ん〜、時間と労力はかかってるだろうに…というケース。
コンピューターのような、受動的に何かしないとベネフィットが得られない箱物は特にそうかもしれないですね。

(なんだか変な取り合わせだけど…)街中の飲食店のランチメニューを見ても、同じようなことを思ったりする。「何のためのランチなの?…」と。
セットメニューの名称だけを並べるだけじゃなくて、もっと違うアプローチの店があってもいい。ましてやビジネスシーンに絡む立地でランチを提供することを主としている店ならなおさらだと…。
ランチに期待することって、いろいろありますよね。そういうことを素直にメニュー開発の軸にする…というのはありじゃないかと。でも、あまりお目にかかってない。なので、思いつきを書くと…

  • おもてなしランチ:大事なお客様との大事な時に
  • チャージランチ:全力疾走のためのエネルギー
  • リフレッシュランチ:野菜が主役のさっぱりメニュー
  • リラックスランチ:スープやシチューでほんわかと
  • リセットランチ:お腹にやさしい健康メニュー
  • ビューティーランチ:美容に一役で且つダイエット系

…こんな感じかな。もしこういうメニューがあったら迷わない…気がしませんか?。ヒレカツ弁当 vs 唐揚げ弁当、日替わりランチ vs スペシャルランチ…だと、今日の自分の体調や気分との接点が見えにくいですよね。

こういうランチの例のような商品開発がもっと必要な気がしてなりません。


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天気予報のグラッフィクについて思うこと [問題意識]

アジア名を「WIPHA(ウィパー)」と言うそうだ。台風12号。
Yahoo!には「Yahoo!天気情報 - 台風EYE(アイ)」というページがあり、台風関連情報のポータル的な内容になっていて、使いやすいページだと思っている。

日本の天気予報…というか報道には、以前から強い疑問がある。台風の時には特にそう思う。
地図上、九州などは、直線距離にしたら大阪への距離より韓国の方が近い。石垣島などは台湾の隣だ。台風の進路を示す時には、ぐっと引いた東アジア圏が全部映っている画像が出てくるが、影響の話になると日本に限った報道となる。これはいかがなものか。もっと報道してもいいのではないか?。あるいは、今回の「WIPHA」の影響をメインで受けるのが本土でないから、関心がないだろう…と思っているのだろうか。

毎日、ニュースの中であたりまえの風景になってしまっている天気予報コーナー。そこでの図は、ほとんどがブルーの背景にグリーン系の色の日本列島のグラフィックが浮いているだけの絵。これを見るたびに違和感を覚える。毎日何気なく繰り返される青バックに日本だけが切り取られている図…。関東地方の天気予報など、エリアにフォーカスした情報提供は今のままでもOK。でも「全国の天気予報」は変えるべきだと思っている。「日本と周辺の天気予報」というふうに。そういう言い回しと図の提示が「あたりまえ」になれば、意識も変わってくると思うのだけれど…。

国境などまるで関係ない台風を、国境という輪郭で測る滑稽さ…違和感の元はこれなのだろう。きっと…。


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最近「もやもや…」している事柄から/オトナ感? [問題意識]

似たような「もやもや…」がいくつか重なってくることがある。「もやもや…」は私自身の中にあるもので、緊急を要している訳ではなく、重要度が高い訳でもなく…かと言って、脳内ファイリングされるほど、輪郭が際立っている訳でもない…というやっかいなもの。一つの事柄だけであれば、放っておいて忘却を待つ…という手もあるのだろうけど、点が細い線でも繋がってくると気になってしまう。私がすぐに何か出来る訳でもないのだけれど、脳内メモリーに常駐しようとするのでblogにメモしておくことにした。

「鍋釜と愛国心」曾野綾子さんインタビュー
長年にわたって世界135カ国をまわり貧困による悲惨な現実を目の当たりにしてきた曾野綾子さんが、日本財団会長時代に公式の場で行ったあいさつ文を集めた『鍋釜と愛国心』(河出書房新社)が発売された。“百戦錬磨”の曾野さんが見た今の日本は「お坊ちゃんとお嬢ちゃんの国」。多くの問題が幼稚性から生じていることを指摘する。
[夕刊フジBLOGより引用]
『サザンな大人たち』が世界に蔓延中:NBonline
評者の私もまさに30代後半の「若い大人たち」の世代である。マスコミ業界には年齢不詳の輩が多く(たいがい実年齢よりも若く見られる)、私もその1人らしい。年齢を告げたときの相手の反応には、慣れっ子である。
だが、もはや若く見られることは微妙だ。それは嬉しさ反面、「若さ」や「新しさ」などの価値を偏重し続けてきた自分の内面の「幼さ」が表出しているのではないかと、いまは疑ってかかっている。
[書評の和良コウイチさん文章より引用]
Information Design?!: アマチュア論。
「アマチュア(素人)」を論ずることで、ほんとうのプロとは何かを問う。「プロ」というコトバに潜む嘘や傲慢をあぶり出す。切れ味鋭く、書かれていることはいたって真っ当である。…(中略)…'この本をぜひ読んでいただきたい方’の顔が浮かびますか?僕は浮かびます(^^;
[吉橋昭夫さん文章より引用]


繋がっている線を、たぐってみたいけれど、それはまたの機会に。根は同じだろう…と。


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