「いつもだれかが見てますよぉ」という社会について [問題意識]
あまり気持ちのよくないことを思い描いてしまった。
思い描いてしまったのは、「もし自動販売機で商品ボタンとともに、押している姿を撮影されてたら…」というもの。実際にそんなことがあれば、今の技術(ネットワーク関連+画像解析)を使って、自動で情報を収集&解析してデータベース化するシステムができてしまう。そんなことがまかり通れば、購買者の属性と、そこからくるパーソナルなリソースの取られ損になってしまうのでないか…と。
まあ、それに近いことは様々な場面で、方法は違うにせよ行われているし、電車の中で人を観察してるのも同じなのかもしれない。人(属性+行動)にこそ情報がある…ということは基本なのだが…。
「草葉の陰から…」「陰ながら…」という言葉は、使う場所が違うけれど、とても日本的な印象。人知れず柳の下の幽霊や物の怪が見ていてるのならそれはいいが、権力という大木の下に「いつもだれかが見てますよぉ」という社会は、ある意味で安全、別の意味でとても危険だ。オーウェルの1984やキャメロンのダークエンジェルの世界に近づいては問題。
頭に浮かんでくるいくつかのフレーズ…「情報は諜報」「諸刃の剣」「ただ(0¥)程高いはない」「常識こそ疑え」。情報化社会の中ので情報のハンドリングと方向性については常に要注意…。そう実感している。
(修正:2007-08-06 22:18)
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